とうとうアメブロを卒業した
データを見ると、2008年12月からブログを書き始めているようだった。
途中、諸事情から2013年〜2016年の4年ほどまったく書かず、その後、2017年から復活し、2年が経過した。
そもそも、ブログというものを書き始めた頃は、仕事のためだった。
自分の人となりをお客さんに知ってもらうことで、新規でも安心してきてもらったり、リピートしてもらったりと仕事のために書いていた。
今回、Wordpressへ移行するにあたり、過去に書いていた記事をデータとして保存してあったものも、Wordpressへ上げることができるようだったため、ひとまとめにしておこうとUPしてみた。(画像リンクなど、かなり崩れたけど)
もちろん、ここ2年間で書いた記事も、アメブロから移行した。
移行の方法は、過去データを保存した時と同じ「アメブロゲット」を利用し、すんなりと完了。
記事の投稿数を見ると、およそ1,500。
今、昔の記事をチェックしながら、何を書いていたのか?と読んでみているところである。
今まで、過去など、どうでもいいと思って生きてきた
過去を、振り返ることなど、ほとんどなかった。
だが、人生を折り返してくると、少しずつ過去のことが気になりだしたのだ。
僕は、10年前に、なにを、どう考えていたのだろう?
と無性に気になってきた時、書いてきたブログが役に立った。
いや、昔のブログを見たことで、過去のことが気になるようになってきたのかもしれない。
昔の記事を読んでみると「へー、俺、なかなかいいこと書いてんなぁ」と思うことがよくある。
もちろん、今更、世間様にお出しするにはお恥ずかしいものもたくさんあるが・・・
一時期、ブログがまったく書けなくなったことがある
2012年の後半も、そんな状況だったのかもしれない。
それは、読んでもらう対象が自分の中で、見えない相手にまで広がりすぎたせいである。
読む人に興味を持ってもらうために、どうやって書こうか?と考えたり、嫌われないようにとか、良い印象を持ってもらおうとか、バカだと思われないようにとか、いろんなことが頭の中をグルグルと回って、結局、手が止まってしまう。
それが毎日続き、それでも書くけど、なんだか書いていることが苦痛になってきてしまった。
そして、終わったのだ。
2017年に復活した時、僕は仕事としてではなく、自分の記録として書くことにして、書き始めた。
それでも、やっぱり、どれだけの人が見てくれているか気になったし、なるべく読んでもらえるようにと考えながら書いていた。
そう思っていると、やっぱり手が止まることがあった。
昨年末から動画にハマった
昨年末、ドローンで有名なDJIから、手持ち式のジンバルカメラ「Osmo pocket」が発売され、動画にハマった。
その後、Go Pro2台とドローンのDJI SPARKを買い、EOS 80Dも動画撮影用として撮影を開始、何十時間もの撮影データを編集してYou tubeへUP。
撮影をするときも、編集をするときも、観てくれる人が楽しめるようにと思って、何本かの動画をUPしたのだが、だんだんと虚しい気持ちになってきたのだ。
人生の中の何十時間も費やしても、結局は、時間の流れの中で消え去り、観る人も多くない。
そう思うと、多くの人たちが観るという前提を考え直す必要があると思えてきた。
そして、ブログも同じ
不特定多数の人たちに対してブログを書くのではなく、特定の少人数グループの人たちのためや、極端にいけば、自分を含め誰か一人のためだけにブログを書こうと思えてきたのだ。
そして、YoutubeにUPする動画も同じ。
両方とも、世界中に配信されるが、それでも、誰か一人のために書き、少人数の自分が大好きなグループの人たちのために動画を撮る。
これは、歌の歌詞も似たようなところがあるように思える。
愛の歌は、誰か一人に対して作られているが、歌は多くの人たちに対して歌われるのだ。
考えてみれば、Facebookは、元々はそうした趣旨のものか?
WordPressにしたことで
WordPressなら、自分の書いたものやアップした写真などは、すべて自分の管理下に置ける。
もちろん、アメブロだって、変なことを記事にしていなければ、削除されることなどないが、なんとなく精神的に違う。
家に例えれば、アメブロは、間借りしている下宿だ。
かたや、レンタルサーバーは、賃貸アパートや賃貸マンション。
専用サーバーにするれば、借家というところ。
そして、自社サーバーなら、持ち家だ。
・・・まあ、ピンとこないかもしれないが、僕は、家にこだわる派なので、どうもそんな感じがして、居心地が悪かったのだ。
レンタルサーバーは、基本的なことは自由にできる
多くの人が、賃貸アパートは、釘などを刺して、壁に穴を空けてはいけないと思っているだろうが、賃貸アパートだって、壁に穴は空けられる。
ただ、出るときに、壁紙を変えてやればいいだけのこと。
知らないうちは「壁紙を変えるなど、かなりのお金がかかる」と思っているだろうが、実際は、大した金額ではない。
出るときまで、ほっておいて、不動産屋さんや大家さんに、多く取られているだけの話である。
話がずれたが、とにかく、家を手に入れた。
そして、僕は、多くの人に向けて語らないことにした。
出来るだけ、少ない人数。または、自分を含めて一人だけのために語ろうと、新たな思いを持って、Wordpressでブログを再スタートする。