不可解な気温

朝、外に出ると、温度計は、3.4度だった。
昨日、コンクリートの打設を行ったので、温度を気にしていた。
コンクリート内の水分が凍結してしまうと、厄介なのだ。
とはいえ、たぶん、凍結防止剤なんかが生コンに入っていて、大丈夫なんじゃないかとは思うけど。

朝から、ちょいと出かける用事があったので、カレヤンで山を降りた。
カレヤンに乗り込んだ時の温度は、2度。
そこから山を降りていくと、いつもなら、温度が上がっていくのだが、山を降れば降るほど、温度が下がっていく。

2度から1度になり、麓に降りると0度になってしまった。
「そんな、バカな」と、思ったが、麓に止まっている車のガラスは霜が張っている。

「あれ?カレヤンは、車庫に入っているから大丈夫だとしても、Jくん(軽バン)やトラさん(軽トラ)に霜張ってたかな?」
帰ってきてから見てみると、まったく霜は降りていなかった。

松山まで入ると、さすがに、温度は上がったが、それでも2度だった。
松山から、砥部町に戻ると、また気温が下がり、そして、山を登るとともに気温が上がって行った。

こんなことは、この山に来てから初めてだった。
あまりにもあり得ない。
山の上が、松山の気温と同じだなんて。
通常であれば、山が2度なら、麓は3度、松山は4度という具合である。

神の御技である

としか思えない。
コンクリートの凍結を心配して、山上温度を、ちょいと上げておいたとしか考えられないのだ。

あまりにもあからさまな、自然現象への介入。
こんなとこいじっちゃっていいのかよ。とも思うが、考えてみると、天気というのは、よくいじっていた記憶があった。
ウェディング写真を、外で撮影するという事が決まっているときには、その時ばかりは、雨が必ず止むようになっていた。
これは、偶然とかではなく、確信だった。

そのため、降水確率100%でも、土砂降りでも、心配したことはなく、メイクが終わって「いざ撮影」というときには、必ず雨が止み、外での撮影ができるということを、新郎新婦にも断言していたし、その通りに必ずなってきたのだ。

神の御技は、どこか遠くの神様にしか使えない技ではなく、一人の人間でも神の御技は使う事ができる。
そんなことを、昔からやっていたんだった。

今回は、雨よ降れ

コンクリートがいい感じに固まっていくためには、水が必要である。
コンクリートは、水との化学反応によって固まっていくのだ。
そのため、晴れが続くような時は、水を撒く。

しかし、昨日コンクリートを打って、今日の昼間は作業して、そして、夜には雨が降る。
明け方には止んで、また、昼間作業をし、夜からまた雨が降る。
さらに、明後日も雨が降る。
実に、コンクリートを固めるのに好都合である。
意識はしていないが、僕にとって、最高の条件というが、やりすぎなほど自然環境が、自分の都合に合った状態になっている。

信じるものは救われるが、信じているなんて意識している時は、信じていないんだと理解していないのが厄介なのだ

教会へいくと、神を信じているという人たちが大勢いる。
しかし、僕は、言ってやることはないが、思っていることは、そのほとんどの人たちは、神を信じることが出来ていない。
ただ、

信じたいと思っている

のだ。
本当に信じていることを、わざわざ信じているとは言わないし、本当に信じていることは、意識すらしない。
ただ、当たり前すぎて、信じているとかいないとかの対象にならないというのが、本当に信じているということである。

でも、信仰する人は、それで良いのだ。
信じたくて、頑張って「私は、神を信じます!」といいながら、自分自身に、暗示をかけ続けるのである。

天気を動かすには、天気を動かそうなどと思っても動かない。
叫んでも動かないし、祈っても無駄である。
ただ、信じればいい。

ただし、前述したように、信じていることを意識すれば、それは、信じたいだけで信じているわけではないことになる。
だから、信じようとしても無駄であるし、意識下で、どんなに頑張っても無理なのだ。

信じるためには、当たり前のことだと思っているしかないのである。

僕は、この世界は、夢の中と同じだと言う意識がある。
夢は、好きなように、想像し、造り出すことができる。
意識下でのコントロールはできないが、無意識か超意識と言われる意識の中から、夢の世界は現れる。
そこには、なんの制約もなく、限界もなく、ルールもない。

この世界は、それと同じである。
自分の想像を、目の前に現実化させることが出来るのである。

現実化する三つの要素「思考・言葉・行動」

この世界は「思考・言葉・行動」の三つで、現実化するようになっている。
最も身近な現実化の要素は「行動」である。
何かを行えば、その結果が現れると言う具合だ。

次に言葉。
「神様、あなたを信じます!」これも言葉の力だ。
言えば言うほど、言っている時は信じることができなくても、だんだんと信じることが出来てくる。
それは、錯覚とか洗脳とか暗示とか言うものと同じ、自分の思考に変化をもたらす作用がある。

思考が変わると、現実化する。
「当たり前」と思えることは、現実化する。
これは、「当たり前だから現実化する」と、人は思っているが、実際には「当たり前だと思っているから現実化する、が正しい」

世の中に、当たり前と言う事柄はない。
当たり前だと思う意識があるだけである。

さて、天気に戻ろう。
撮影の時に雨が止むと言うのは、僕も、他のスタッフも、それが、当たり前に起こることだと思っていた。と言うより、分かっていた。
だから、その通りなっていた。

山の気温が3度以上と言うのも、意識下では想像していなかったが、僕の深いところでは、気温ということよりも「必ず、すべてがうまくいく」という超意識の働きだろうと思っている。
今夜、雨が降っているのも、明日も、明後日も、雨が降るのも、超意識の「うまくいく」ということへの結果だろう。

ゴルフ練習場の光害も、想定通りの結果ではなくても、必ず、最良の結果になると、信じているのではなく、僕は、「分かっている」のである。

-SECRET POWER:見えない力, SPIRITUAL

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