今週も瀬戸内の旅:大三島

瀬戸内海は、島だらけである。
その昔、一続きだったであろう本州と四国が、ブチっと千切れたことによって、クッキーのカスのように、たくさんの島々が出来上がったと想像がつく。
そのおかげで、瀬戸内海というところは、とても美しい景色を手に入れた。

僕は、静岡県の浜松市に育った。
浜松市は、太平洋に面し、日本でも有数の砂丘、中田島砂丘がある。
20代の頃は、中田島砂丘をパジェロで疾走したり、砂丘から太平洋を眺めたりしていた。

しかし、大きな砂丘も、広い太平洋も、砂と塩水が広がっているだけで、どこを見ても代わり映えのしない景色なのだ。
なので、ジッと海を見つめていても、ほとんど海は見ておらず、自分自身の内側に視点を移すようになる。
それは、それで、いいのだが、それでは、砂丘も海も、実際にはあまり意味はないとも言える。

逆に、瀬戸内海というところは、少し場所を変えたり、見る方向を変えれば、景色がガラッと変化する。
一つの島から、別の島へ行けば、さっきいた場所を海を挟んで眺めることができるし、海を360度見ることができるため、太陽の位置による、海の表情の変化を楽しむこともできる。
さらに、島によって特徴も違い、瀬戸内の島々を巡る旅は、数限りない楽しみがある。

先週と同様、今治まで山友たちと一緒に、伝統工法による新築完成見学会の続きで、今回は、鍛造家の方のお話会。
鍛造というと、わかりやすいのが、刀鍛冶屋さん。
鉄を熱して、キンコンカンコンと叩いて製品を作っていく、あれである。

どんどん機械化が進んで、どんどん “職人” と言われる人たちが減っている中でも、本物が見直され、大量消費時代は終わり、ミニマリストたちが増え、価値の低いものをたくさん持つという人々が減り、価値の高い一生物を少し持つという人々が増えていく。

僕自身も、若い時は『安物買いの銭失い』だった。
安物は、耐久性も低いために、結果として、余計にコストがかかることになったが、それでも、どうしたっていろんなものに興味を惹かれるわけで、最初から、質の高い高額なものに惚れ込み、他のものには目もくれないなんてことは出来ないのだから、これはこれで、若き日々を否定はしない。

しかし、歳を取るたびに、いろんなものに触れ、多くのものを欲することもなくなり、徐々に、質の良いものを選びたくなってきた。
そして、高い品質のものを手にすると、それ以下のものに興味がなくなり、十分満足という気持ちになれるようになった。

消耗品に関しても、質の高いものが良いと思っているが、実は、大きな買い物よりも、日々の消耗品を高品質にする方がなかなか難しい面がある。
高額な逸品を選ぶ時は、清水の舞台から飛び降りるつもりで「エイヤッ!」とやればいいのだが、日々の消耗品に関しては、そこまで勇気は要らないにしても、何度も何度も決断に迫られる。

なるべく、金額を見ないフリして買ってしまえばいいし、定期購入などにして、クレジットカードの引き落とし額などは無視してしまえばいいのだが、それでも、やはり、気になってしまう。
まあ、気になってしまうくらいだから、少し、身の丈よりも背伸びをした買い物なのかもしれないが、それでも、知ってしまえば、なかなか妥協をするのもはばかられる。

鍛造家さんの作品となれば、既製品と比べて、ずいぶんと高額になるだろうが、それでも、確実に一生物になる。
生きている間、代わりのものを二度と買わなくていいし、子や孫にも引き継いでいけることを思うと、買い物としては高くはない。

完成見学会の家の中で、大きく目立っていたのが、ダイニングに吊るされた電灯の傘。
これを鍛造で作ってあった。

仮に、既製品なら、それでも十年、二十年は同じもので十分使えるだろうが、それでも、いつか買い換えて、古いものは単なるゴミとして捨てられることになる。
さらに、電灯の傘など、そこにあって目に入っても、まったく意識は向かないし、単に光の方向を調整するためだけの道具になる。

しかし、その電灯の傘が、作品としてそこにあると思うと、それは、壁にかけられた絵画と同じ。
絵画は、そこにかけられていても、生活のために役に立つわけではない。
そこにあること自体に価値がある。
それと同じことが、電灯の傘に言えるようになる。

それは、便利とか、不便とかという、使い勝手だけを考えたことではなく、芸術作品として、その場に存在し、人間の肉体に対しての満足ではなく、心に作用する “モノ” であることは、とても大きな意味を持つ。
そうしたモノを、生活の中に取り込み、それらを、日常で使っていくことは、生活をより豊かにしてくれる。
豊かな生活は、結果的に、金銭的な流れも良くし、高額なモノを購入することのできる、ライフサイクルを生み出す。

今回、大三島で訪れた場所は、またまた神社。
大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)に行ってみた。

ここには、なんと、推定樹齢2600年という楠がある。
こいつが、ちゃんと生きているから驚きだった。
それも、参道のど真ん中で、堂々たる風格で立っている。

戦争がなければ、こうした、すごい大木は、日本各地に残っていたのかもしれないが、それでも、2600年は凄い。
木も凄いが、この場所も凄いと言える。

日本も、何千年もの間、植民地化されなかったし、天皇制も続いている。
この理由の一つとして、やはり『島』だからというのは確実にある。
そして、この瀬戸内の島々にも同じようなことが言えるのだろう。

小さな島だから、外からの侵入者も侵略者もいなかったというか、興味を持たれなかったのか。
幸いして、今の今まで2600年もの間、破壊されることなく、そこに立ち続けて要られたのだろう。
これは、島として誇れることだ。

日本全体を見ると、日本は、侵略こそされなかったが、明治に西洋文化を積極的に取り入れてしまったし、それを『近代化』という呼び方をして、未来の生活、素晴らしい文化としてきた。
さらに、戦争で破壊された後には、江戸時代以前の面影は、ほとんど消え、西洋の様相一色に変わっていった。

そうした日本の変化は、僕の若い頃の『安物買いの銭失い』に良く似ている。
本当の西洋文化を取り入れるわけではなく、なんとなく、表面を西洋っぽくした、ハリボテ的な取り入れ方になっているし、そうしたことは、西洋諸国からすれば『いいカモ』のようにも見える。

住宅に見ると、輸入木材や新建材は、便利で安いが、耐久性には劣る。
さらに、見栄えも良い訳ではないし、心に安らぎと満足を与えてくれる要素も少ない。
戦後、日本が必死に追い求めてきた、生活の充実をそのまま受け継ぎ『役に立つか立たないか』ということが重点に置かれた物で構成されている。

モノに対するこうした考え方は、もう終わりの時代を迎えている。
それでも、まだまだ、機能重視という思考は変わってはいない。

こうした風潮が、いつ変わっていくのか?
僕の考えとしては、バブル世代が引退した後だと思っている。
バブルまでは、金と物が豊かさの象徴だった。
それが、バブル以降は、徐々に薄れ、今では、お金や物に執着する若者は少なく、物質主義は終わったと言える。

しかし、物を生産する側の “長” が、まだまだ元気に活躍しているバブル世代以前の人々であるから、世の中に、心の豊かさを重視したモノばかりになってはいない。
大量生産、大量消費の時代は、低価格とそれなりに高品質な工業製品に満たされている。

10年〜20年後には、こうした時代も終わり、最高の逸品を求める時代が来るだろう。
その時、山の価値も見直され、多くの人が、日本の山々が宝の山であることに気がつく時が来る。
山は、あり続けるが、職人技は、継承されるだろうか?
それとも、また新しい文化が作り出されていくのだろうか?

神社には、多くの人たちが訪れ参拝していた。
僕は、港区に住んでいるときには明治神宮が近く、千代田区に引っ越した際には靖国神社のそばに住んでいた。
なぜか、神社に引き寄せられる。

日本人は、無宗教というが、これだけ多くの人たちが、日々、神社に参拝している姿を見ると、とても、日本人たちが無宗教とは思えない。
意識をしていなくとも、心の中には、大いなる存在を意識し、具体的に何というわけでもないが、信仰心はしっかりと持っているように思えるのだ。

話題が、あっちゃ、こっちゃ行ったが、要するに、瀬戸内はいいところだってことが言いたかったわけである。

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