神に願うは、さらなる試練

今年は、1人で近所の「熊野神社」へ行ってみた

初詣といえば、願い事である。

願わずとも、すべては叶うと思っているので、
いつもは、特に願い事などはなく、
感謝の意を表するだけで終わるのだが、
今年は、願い事をすることにしてみた。

それは、2008年の様々な試練に感謝し、
「2009年も、さらなる試練をお与え下さい。」
と祈ってみた。

心の中では、辛いことは嫌だ・・・
でも、試練をくぐり抜ける快感はやめられない。
でも・・・

と、葛藤を繰り返しており、
どうにも、すっきり「おっしゃ、来い!」という気に踏み切れないので、
初詣のついでに「頼み事」として言ってみたというわけだ。

その効果は・・・
すぐ、翌日に表れた。

ちょっと早いだろ!
と思ったが、
願い事が叶ったわけなのでいいことなのだが・・・複雑である。

12時間前に「家族写真を撮った」ことを記事に書いたが、
僕の親戚一同は、まったく悪い人がいない。
まあ、それぞれ、いろんな愚痴を言い合ってはいるが、
そんなに大したことではない。

人様の親族の話を聞くと、
「金銭」「相続」「結婚」「子供」「対人関係」などなど、
さまざまなトラブルがあるようで、
いつも、みんな大変だなぁと思っていた。

僕の親族一同は、大した資産も持たず、
強欲な人物もおらず、
相続といっても、トラブルになるほどないので、
まあ、丸く収まるだろうという感じだ。

実は、一番の資産家候補は僕なのだ。
僕は、母が20才の時に勝ち取った玉の輿のおかげで、
資産家の相続人の1人なのである。
(その後、2歳の時に離婚している)

実際、その資産家の血を引いている為に、
こうして経営者として生業を立てられる能力があるのかもしれない。
と、思うことは少なくない。

しかし、困った人が1人いました!
それは、育ての父。
あ~、近すぎて見えなかった。

細かいことは書けませんが、
いつか、この父がトラブルの元になることは目に見えてます。
は~、まいった。

正月から、いきなり試練を頂いた気がした。

「2009年は今までとは、比べものにならないくらい試練が来るんだなぁ」
そんな予感がした、2009年の始まりだった。

P.S
その後、生家が資産家ではないことが判明。
母が大げさに言っていただけだった。
さらに、ドラブルの元になりそうだった、育ての父は他界。

結局、10年前のこの心配は、まったくの空振りだったということ。

起こっていないうちから心配することのバカバカしさを10年経ったことでよくよく理解できた。

2019年3月6日

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