46年前の小説「前世再生機」

投稿日:2018年5月2日 更新日:

人はなぜ生き、なぜ死んでいくのか?

人はなんのために生まれ、なんのために死というものがあるのか?

死後の世界とは?輪廻転成とは?そして前世とは?

十年ほど前、前世は数学者だと言われたことがある。

さらに「フォトグラファーという職業柄、芸術家かと思ったら、意外にも坊さんですね」とも。

確かに、数字には弱くはないし、宗教も嫌いではない。

輪廻転成を何度もしているとしたら、数学者だったり坊さんだったりするだけでなく、いろんなことをやってきているんだろうと思う。

もちろん、なんの確証も記憶も何もない。

そこで疑問が浮かぶ。

なぜ、人は死に、また生まれるのか?

人生が一度切りであれば、特に疑問も持たない。

偶然の産物としてこの世に誕生し、なんだかんだ生きて、ただ終わる。

しかし、輪廻転成があるとなると、なんでそんなことを繰り返すのか不思議に思える。

ずっと生き続けるだけならわかるが、なぜ死を経験するのか?

答えはわからないので、誰かの意見と自分の想像で、なんとなくの答えを導き出す以外にはない。

そこから導いた答えは「経験と記憶は、役にも立つが
足かせにもなる」ということだ。

成功体験というのは、一度経験しておくと、他のことでも「成功できる」と思えることで、成功を繰り返すことがしやすくなる。

しかし、成功してばかりでは、失敗を恐れなくなり、準備不足や過信を引き起こし、いつしか大きな失敗をしてしまうことにもなりかねない。

満足というのは素晴らしいが、不足している時ほどの情熱が出なかったりもする。

記憶の蓄積は、素晴らしい人生を送るのに必要だし、全く異質なものを想像の中で組み立てることで、新しい創造を作り出すことだってできる。

しかし、一方では固定観念を生み出す元にもなる。そこに、成功体験が組み合わされば、環境が流れていても、脳内はアップデートされなかったりする。

そうしたことがMAXになると、ハードディスクの初期化やOSのクリーンインストールのように、人間も死を迎え、そしてまた生まれるのだろう。

全ての記憶をリセットすることによって、がんじがらめになった固定観念を抹殺し、余計な過信も消え、まさに初心に帰ることになる。

しかし、記憶からは消えるが、魂のレベルでは経験も記憶も残っているらしい。

そうでなければ、単なる積み木崩しの繰り返しでしかなくなってしまう。

こうした「死」と「再生」について、SF小説だが、実際に宇宙のどこかの星では、こうしたことがあるのかもしれないと思わせる小説が「前世再生機」という、今から46年前に書かれた作品だ。

僕は、こうした「もしかして、本当にそういうことがあるかもしれない」と思えるような物語が好きだ。

実際のドキュメンタリーも好きだが、空想と現実のギリギリの作品というものに、創造性を掻き立てられるのだ。

そして、それは、遠いどこかで、もしくは、未来に起こるべきことなのではないか?と思うと、ちょっとワクワクしてくる。

神との対話、聖なる予言、アミ小さな宇宙人などは、その代表作と言えるだろう。

そして、この前世再生機もその一つだと思えるのだ。

「そんなことあるはずがない!」と、切り捨てることは簡単であるが、こうした物語から「もしかして?」という思いを持って、新しい未来を創造することに繋がっていく可能性を持つ方が、人生は豊かになるだろう。

そして、未来に希望を見出しやすくもなるのではないだろうか?

少なくとも、僕は、そうなのだ。

鉄腕アトムや、ドラえもんを「そんなバカなことがあるかいな!」と思いながら見る子供はいない。(そう思えば見ることをやめるだろう)

それよりも「自分たちの未来は、そうなるんだ〜」と思いながら見る方がよっぽど楽しいし、幸せであるし、未来に希望を持つことができる。

そして、その思いが、現実を引き寄せていくのだと、僕は思うのだ。


via Mark な 人生



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