FAN(犬)初、イノシシ捕獲

クボちゃん(ユンボ)で、雨で荒れてしまった山道を直している時、豚の悲鳴のような「ヒー、ヒー」という鳴き声が聞こえてきた。
いつまでも聞こえるのと、意外に近くだったので、クボちゃんのエンジンを切って、その鳴き声のする方へ目を向けると、なんと、FANがイノシシを咥えて、ブンブンと振り回してた。

大きさは、FANと同じくらいなので、体重は10kgちょっとだろう。
自分よりもやや重いイノシシの体を咥えて何度も振り回している。

噛み付いているのが、お尻の辺りだったので、あれでは、なかなか相手はくたばらない。
とはいえ、一旦、離してしまえば、走って逃げる可能性もある。
それが、わかっているからか、意地でも噛み付いた口を開かないで、何度も振り回して弱らせていた。

通常でもムキムキの筋肉がよくわかるのに、この時は、全身の筋肉をフルに発揮しているのがわかるほど、いつもの何倍も筋肉の盛り上がりが見てとれた。
自分よりも重い相手を何度も投げるということは、僕だったら、体重80kgくらいの人を、何度も投げるということなので、それは、なかなか体力を使う。

しばらく見ていると、イノシシが弱ってきたのが見え、「ヒー、ヒー」と鳴く声にも力が入っていない事がわかった。
FANも、もう、口を離しても大丈夫だろうと思ったのか、一旦口を離した。
イノシシは、逃げようとするものの、うまく走れないようで、そこに、今度は、首元へ噛みつく。

やはり、首に噛みつかなければトドメはさせない。
そうしたことは、誰に教わるわけでもない本能に刻み込まれたことなのだと、改めて思った。

首に噛みつき、振り回し、最後のトドメを刺す。
しばらくすると、イノシシは、息も絶え絶えになり、FANが口を離しても走り出すことはなかった。

もうこれで大丈夫だとわかったFANは、イノシシから少し離れ、よっぽど疲れたのだろう、地面にべったりと伏せた。
顎の筋肉は、とんでもない疲労のようで、まともに口を閉じる事ができず、半開きのままだった。

僕は、クボちゃんのエンジンをかけ、作業を再開して、道の整備に戻った。
FANが格闘していた場所に徐々に近づくと、イノシシを咥えていくかと思いきや、イノシシを置いてFANは、どこかへ行ってしまった。
「おいおい、置いていくのかよ?」
作業が終わって、その場を離れれば、FANが咥えてどこかへ運ぶだろうと思ってはいたが、せっかくの成果をほったらかしにしてしまってもいけないと思い、イノシシを持って下った。

しばらくしても、FANが戻ってこなかったので、イノシシの血抜きをし、内臓を出し、皮を剥いて処理しようと思ったのだが、今までもそうだったが、この皮剥ぎがめんどくさい。
そこで、お湯に浸けてむしってみたが、鶏のようにうまくはいかない。

しばらくすると、イノシシに、花粉のようなものが付いているのに気がついた。
初めは、気にせず作業をしていたのだが、そのうち、別の場にも、花粉のようなものが増えていた。
勝手に何かが増えるなどということはないだろうから、これはなんだ?と思ったのだが、たぶんハエのタマゴだろう。

作業をしていると、ハエがたかって来ていたのだが、そいつらが、どんどん、卵を産み付けているのではないかと思われる。
麓のイノシシ捕獲チームと一緒に処理していた時には、こんなにハエがたかってくるとこはなく、ハエの卵など見たこともなかったのだが、僕が見る事がないだけで、山の中では、毎日たくさんの動物が死に、ハエがたかり、ウジの餌になり、肉が消え、骨だけになり、その骨も、獣によって粉々に砕かれ食べられて、残ったカスは土に埋もれていくという事が、繰り返されているのだろうと思う。

だからこそ、麓よりも、山の方がハエが多いのだろう。
そして、10分もすれば、屍肉の匂いを嗅ぎつけてやってくるのだ。

そんな状況の中での作業が嫌になってきて、皮剥ぎはやめて、そのままの状態で、池の土手に放り投げておいた。
しばらくして、FANがむさぼり始めたので、食べ切ってしまうかと思ったのだが、モモを一本食べただけで放置されていた。
まあ、翌日また食べればいいだろうと僕は思っていたが、翌朝見てみると、イノシシの動体も、内臓もそっくりそのまま消えていた。

その時、僕は、この山に潜む、数限りない生き物たちの存在を実感した。
僕には、ほとんど見えていないけど、想像を遥かに超えた食物連鎖が、この山の中で起こっている。
僕たち人間が、解明できていない事が、こんなにも身近な場所でも、きっと、起こっているんだろうと思った。

FANの血統は、狩猟用に改良された四国犬らしいので、いよいよ本領発揮されてきたと思われる。
今までは、モグラを獲ったり、ネズミを獲ったりしていたのを知っているし、最近では、なんと、ハヤブサに襲いかかっている。

池の向こうで、FANが「キャン、キャーン」と、何かにやられた声を出したと思ったら、その辺りから鳥が飛び立った。
よく見てみると、鷹のような形だが、サイズは少し小さい。
部落のおっちゃんに聞いてみると、どうやらハヤブサらしい事がわかった。

きっと、襲いかかった瞬間に、クチバシで突かれたのだろう。
それでも、ハヤブサを追いかけて山を走り回っていた。

なかなか、やるようになったな、あいつも。

  • B!