砥部焼窯元で、絵付け体験

ここは、砥部焼きの町。
窯元が、そこら中にあって、窯元の知り合いもできた。
そこで、ご近所の窯元さんとこへ絵付け体験しに行ってきたのだ。

と、言っても、行ったのは2ヶ月前。
その時の、焼き物ができたのでもらった。

これが、素焼きの状態。ここに、絵を入れていく。

「絵」

「絵」というものに、僕には、2つの強い記憶がある。
1つ目は、小学校低学年の時、朝、先生に呼ばれてこう言われた。

「今日の朝礼で名前が呼ばれたら、返事をして校長先生の前に出てきてくださいね」と。

理由は、まったく分からず、朝礼の際、名前を呼ばれたので、前に出ていくと、校長先生が「表彰状、、、」と言い始めた。
どうやら、市のコンクールか何かで、金賞だかをもらったので、賞状をくれるということだった。
その絵は、市役所のどこかに貼り出されるとも言っていた。

しかし、僕は、なんの絵を描いたのか、さっぱり覚えていないし、以降の人生において、その絵を見たことは無い。

2度目の記憶は、中学2年の時だった。
美術の授業で、絵を描いていた時のこと。
みんなが、好きなように描いていたので、テーマは何でもよかったのだろう。

僕は、頭に浮かんだ絵を描いた。
その絵は、宇宙空間に、カクカクした柿が、いくつも浮かんでいる絵だった。

描いていると先生が来てこう言った「その絵のテーマは何?」と。

「んっ?」テーマ?

僕は、頭に浮かんでくるイメージを描いていただけなので、テーマなどというものは分からない。
他の人たちは、テーマというものを決めて、イマジネーションを働かせて絵を描いているのだろうけど、僕はそうではなかったのだ。

「テーマは、ないよ」

そう答えた僕の成績は、下げられていた。
30年以上経った今でも、この出来事は鮮明に覚えている。

僕は、第二次ベビーブーム世代だ。
教育は、横並びで、日本を支える労働者を育成するために学校というものがあるような時代だった。

中学以降、僕は、まともに絵など描いたことはない。
そんな僕が、器に絵を描く。

しかし、正直言って、絵は下手だ。
そこで、「絵」ではなく「線」にした。
均一に線を描けるようにする、小さなろくろがあり、その上に器を乗せて回転させ、そこに、そっと筆を当てると線が描ける。

そんな風にして、絵ではなく線を描いたのだ。

これなら、絵が描けなくても、何となく素人臭さから脱せられるし、描くのもあっという間だ。
ってことで、小どんぶりだけじゃなく、小皿とコーヒーカップもやってみた。

ジャン!

まあ、素人だな、やっぱ。

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