指輪交換の後・・・

ある結婚式でのこと。

僕は、いつも通り、バージンロードの最後尾から撮影をしていた。

指輪交換の時、新郎が新婦に指輪を入れ終えたとき、

彼は、彼女の手を自分の両手で下から支え、包んで、そっと下に下ろした。

その瞬間、彼の優しさと、彼女の愛が伝わってきた。

僕は、それまで、指輪のスムーズな入れ方は教えていたが、

その後のことはまでは、気がついていなかった。

このとき、彼に教えられたのだ。

この新郎は、彼女のことが大好きだというのが、打合せの時からにじみ出るほどだった。

そうした、心の中の気持から、彼は自然と、そうした行動をしたのだと思う。

それから、僕は、他の新郎新婦にも、ここで彼から学んだことを伝えるようにした。

そして、ある時。

ウェディングを終えた新婦から電話がかかってきた。

新婦の叔母が、彼女たちの結婚式の翌週にも、別の結婚式に出たそうだ。

前の週に出席した彼女たちの結婚式で、指輪交換の時に、新郎が両手で彼女の手を支え包んで、ゆっくりと下ろしていたのに対し、翌週の新郎は、彼女の手を支えることもなく、手を離したとのこと。

その行為の違いを見た叔母から、こう言われたとのこと。

「あんなに、優しい旦那さんで、本当にステキだわ!」

よく考えてみて欲しいが、優しい彼かどうかは、本当には分からないだろう。

ほんの数時間、彼を見ていただけで、ほんの少し話をしただけの男のことだ。

もちろん、翌週の新郎を見ることがあって、比較できたというのも、大きな理由だが、

それでも、1つの行為が、大きな印象を付けると言うことが分かるだろう。

親戚には、年1回程度しか会わないかもしれないし、年1回も会わない人達もたくさん列席していることだろう。

だからこそ、この結婚式・披露宴の間の印象は、いつまでも残るというものなのだ。

ここで、もしも、あまり良くない印象を持ってしまうようなら、きっと、列席していない遠い親戚にまで、良くないウワサが広まってしまうのではないだろうか?

女性は、おしゃべりだから・・・

ちなみに、だからといって、行為を行えば良いというわけではないことは、肝に銘じておいてもらいたい。

聖書を開くと、こんなことが書いてある

「たとえ全てを与えても、愛がなければ、何の意味もありません」

そう、そこに愛・心・気持ち・魂がなければ、それは、見破られてしまうし、他の人が感じることもないだろう。

逆に、行為だけを行ってしまうと、偽善に思われてしまうこともあることを覚えておいて欲しい。

ウェディングレッスンで教えることは、もちろん、印象を良くするために行うことも多々あるが、目的は、印象を良くして自分たちの株を上げることではない。

いい印象を持ってもらうことで、「来て良かった」「自分の姪や甥(新郎・新婦)の相手が素敵な人で良かった」「自分の友人(新郎・新婦)が幸せそうで良かった」そう思ってもらうために行うことを忘れずにいて欲しい。

結婚式は、自分たちの儀式ではあるが、それは、自分たちを見せて、「安心してもらうこと」だったり「幸せを感じてもらうこと」「共に喜びを分かち合ってもらうこと」だ。

披露宴は、自分たちがホスト・ホステスになって、来て頂いた皆さんを、心からもてなすこと。

そして「来て良かった」「会えて良かった」「楽しかった」と、おもってもらうこと。

そのために、自分たちの行動の一つ一つに磨きを掛ける。

それが、このウェディングレッスンなのだ。

あなた方の、ウェディングにも、きっと、ストーリーが生まれることは、間違いはない。

「一生に一度」式場のスタッフは、この言葉を繰り返して、商品を売ろうとするが、

この「一生に一度」という言葉の重さを、本当に知るのは、すべてが終わってからなのだ。


via Mark な 人生



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