火を焚き、炭をおこし、メザシと焼き芋を頬張る

今のうちには、魚焼きグリルがない。

フライパンでも焼けるが、せっかくなので、魚はいつも炭火焼きにしている。

炭を起こすのに、ガスコンロは使えるが、これもせっかくなので、火を焚いて炭を起こす。

いつもは、風呂釜の中に、風呂を焚くついでに、炭やサツマイモを放り込んでおくのだが、今は、文明の利器を使っているので、風呂釜は使えない。

そんなわけで、外で火を焚いて、炭を起こして、残り火で芋を焼き、炭でメザシを焼いた。

メザシを食べるまで、30分以上を要し、煙臭くなりながら食事にありつくという現代では考えられないほどの手間と労力を使うのだが。

正直言って、とても充実した食事になる。

外の気温は、約3℃だが、風呂に入った後だということもあるが、火が焚かれていると、寒さを感じない。

七輪をじっと眺めながら、メザシが焼きあがるのを待つのは、メザシにありつく以上の充実感がそこにある。

「火」は、なぜこんなにも、体も心も暖かくしてくれるのだろう?

火を見ているだけで、なぜこんなにも充実した時間に感じるのだろう?

とても不思議である。

今日は、一杯飲みたくなって、山崎を注いだ。

ロックグラスは、未だにダンボールの中なので、吊るしてあるシャンパーニュグラスで頂く。

シャンパーニュグラスというのは、何を入れても様になるものだ。

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