そもそも、家を自分(達)で建てられないって、本当か?

理屈では、昔の家は構造が簡単だったが、今の家は難しいからとか、みんなが、高機能を求めているので、高機能住宅の建築には、専門知識と技術が必要だとか、いろんなことと言われるが、本当にそうなのか?

まず、前述したことだけど、今の家に使われている建材は、昔の無垢材などよりもよっぽど扱いやすい、合板や集積材を使っているし、柱や梁を組むのには、昔はノコギリとのみを使って「継ぎ」という技術が必要だったけど、今では、工場で加工してしまうし、金具もたくさんある。

内装に至っては、ほとんどが、石膏ボードにビニールの壁紙を貼るだけだ。

もちろん、綺麗に貼るのには、それなりの技術がいるだろうけど、土壁を作ったり、漆喰を塗ったりすることと比べても、どっちが難しいとかは言いにくいのではないだろうか?

高機能住宅の高機能の部分を支えるのは、ほとんどが、工場で生産された機械類を所定の位置に収めることだと思うが、やり方さえわかれば、誰でもできるような気もしないでもない。

ただ、やり方さえわかればだが。

もちろん、慣れている人がやるのと、一度もやったことのない人がやるのでは大きな違いがあり、必ずどこかで失敗するのは目に見えている。

だが、失敗することの、何が悪いというのだろう?

失敗することが「悪い」という概念を、持ってしまっている。あるいは、植えつけられてしまっていることこそが、人生を生きる上で「失敗」かもしれないと思えないだろうか?

「失敗は成功の元」

失敗しっぱなしでは、単なる失敗だろうが、失敗しても、やり直せばいい。

やり直して、成功すれば、それは「経験」という資産を生むのだ。

プロと呼ばれる人たちでも、初めから成功しかしたことがないという人はいないだろう。

もちろん、仕事としてやる以上は、失敗は極力減らす必要があるのは確かだが、プロでも、支障のない程度の失敗を日々繰り返しながら、少しずつでも成長して技量を高めていっているはずなのだ。

もしも、全く失敗をしないという人がいるのなら、単に出来ることを繰り返しているだけの成長をしない人なのではないかと思えるのだ。

もちろん、それはそれで、その人の選択なので良いのだが、どんな人でも、何をやったとしても、失敗を繰り返したとしても、成功しない人など、成功できないことなどはないと思っている。

「家を自分で建てる」ということにおいて、とんでもない豪邸を建てるとか、鉄筋コンクリート住宅5階建を建てるとか、そういうことを言っているのではない。

かといって、単なる掘っ建て小屋を建てようというのでもないが、それでも、基本は、昔ながらの家で、それでいて、現代において、使える技術や機材はどんどん使っていく。そう考えている。

なので、実際には、昔の人たちが建てるよりも、簡単に建てることができるのではないかとも考えている。

しかし、その分、現代の「高機能」なる部分も含めていくことを考えると、家を建てるという行為が、とても困難を極めることと、時間が想像以上にかかることは、承知の上である。

それでも、失敗を何度もしながらでも、必ず、最後には成功すると思っているのだ。

僕にとって、「失敗」は、お金で買うことのできない貴重な「経験値」である。

この「失敗」という貴重な経験値は、人生において最も重要なものの一つであると考えているが、そのことについては、また次回。

つづく。

<イカス!昔のやり方と現代のアイテムを組み合わせたら?どうよ。と思っているのだ>


via Mark な 人生



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