諦めない力

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たいそうなタイトルの割には、内容はチープなのだが、最近「諦めない」と言うことを意識するようになった。
実は、今までの人生の多くの場面で、僕は「諦める」と言うことを選択してきた。

諦めると言うと “良くないこと” “逃げること” と感じる人が多いと思うが、単に、『違う選択をした』と言うだけとも捉えることができる。
今あるものに固執する必要などはなく、さっさと違う選択をすると言うことは、決して悪いことでも、逃げることでもないと思っている。

この『諦める』と言うことがあったおかげで、今の僕があると言える出来事もある。
それは、働きだしてから一度も1年以上同じ職場で働いたことがないのである。
長くても10ヶ月で、正直言って飽きてしまう。
諦めると飽きるは、少し異なるかもしれないけど、その場に踏みとどまろうと言う根気がないと言う意味では似ているだろう。

しかし、そのおかげで、色々な経験をした。
それらの多くの経験は、のちに役に立つことが多かったし、結局、好きなことをやる道へ進んだことで、好きなことをやりながら、それなりに人生うまいこと渡っているのだ。

では、最近、なぜ諦めないのか?というと、人生を諦めてきたことによって、いろんな選択をしてきた。
その経験から、諦めない方がいいかもしれない?と言う場面が、なんとなくわかってきたような気がするのだ。

1つの物事に取り掛かっている時、やめて次に行った方がいいか?そのまま根気よく続けた方がいいか?
その境目となる判断基準は何か?
それは、

どうしても知りたい結果がそこにあるか?

である。
目標を決めて取り組み、その目標を達成したいか?と問われれば、達成したいに決まっているのだが、達成した時に、どうなるのか?と言うことがイメージでき、そのことによってワクワクしてしまうか、イメージできず、達成してみないと分からず、どうしても知りたいか?と言うこの2点を考えてみる。
この2点にあてはまらなければ、それ以上やる意味はないと判断していいと思っている。

子供の頃、こんなことを言われたような記憶がある。

「最後までやりなさい!」

その時、最後とはどこのことなのか?
まったく分からなかった。
きっと、1ヶ月とか1年間とか3年間とか、そうした人生の区切りのことを言われているのだろうけど、なぜ、他のことをやってはいけないのか?不思議で仕方がなかった。

さて、トップの写真は、何をしているのかと言うと、点かなくなった中国製の安物ヘッドライトを修理している。
電池ボックスを開けてみると、コードがショートして溶けていた。
それを一旦バラして、再度、半田付けをしている最中である。

コードの被覆を剥がして、半田付けをするだけなので簡単なことなのだが、実際には、なんどもやり直している。
完成したと思えば失敗していた。
コードの長さが足りなかったり、付けるところが間違っていたり、途中で、こう思った。

「安物なんだから、また買えばいいじゃないか」

その通りなのだ。
価格は1,500円程度。直している時間を時給に換算したら、買った方がよっぽどいい。
しかし、こうも思った。

「お金の問題ではない。達成できるか出来ないかが問題なのだ」

直すと決めたのだから、最後までやってみようと思ったのだ。
今までの人生を振り返ると、似たような出来事があったとき、ほとんどの場合、途中で投げ出していた。
しかし、ここ最近は、やり抜く、諦めないと言う思いが勝ち、やり遂げるようになったのである。

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