チャゲ&飛鳥の歌ですが、僕もいつも”始まりはいつも雨”なんです。
誰か、重要な人に初めて会うとき、必ず雨です。
でも、会ってから別れるときは、晴天になると言うパターンがいっつも。
何か、重要な場所に行ったときもそうです。
行くときはいつも雨。
でも、帰りにはいつも晴天。
ここに来たときもそうです。
梅雨真っ盛り、土砂降りの雨の中、後輪をツルツルに滑らせて、命からがらたどり着きましたし、引っ越し屋さんも大変そうでした。
こうした「始まりはいつも雨」状態に、すでに慣れっこで、特に気にしたことはないのですが、最近、気になっていることが・・・
それは、飛鳥さんが、「始まりはいつも雨」と言う歌を作ったということは、飛鳥自身も、始まりはいつも雨だったということではないか?と思ったのです。
そして、覚せい剤で逮捕という現状の結果になってしまっている。
そこで、フッと思ったのが、自分の未来です。
芸能人や有名人で、覚せい剤に手を出してしまう人というのは、僕が勝手に思うには、「安定していない生活」がプレッシャーとなっているのではないか?といこと。
飛鳥さんなど、アーティストは、歌を作って、それが売れるかどうか?
よく、いいときはポンポン曲が書けるが、そのうち、全く出てこなくなる。と聞きます。
そんなとき、よからぬ道へ行ってしまう。
清原さんも、野球を引退して「何をしていいかわからなかった」らしいですから。
僕のように、山にでも来て、木でもきってみればよかったかもね?なんて。
話を元に戻しますが、「始まりはいつも雨」
飛鳥さんの結果は、覚せい剤で逮捕になってしまいましたが、僕はどうなんだろうか?
と、フッと思ってしまったわけです。
こうしたことを書くのはよくないと思いながら書いてしまいますが・・・
一回くらい、逮捕されてみるのもいいかもね?なんて。
裁判とかも、スピード違反で簡易裁判みたいなのをやったことがあるだけで、本格的なのはないので、誰か訴えてみてくれないかな?なんて、思うこともあったりして。
自分で、「きっと、俺はおかしいのだろう」とも思うのですが、なんでも経験してみたい!
と思うのは、結構、多くの人たちが思っているのではないかと思うんです。
犯罪を犯せば、確実に逮捕されるのですが、それじゃあ、お決まりコースで面白くはないでしょう。
ホリエモンさんのように、予期しなかった逮捕っていうのがいいじゃないですか。
思い返せば、その要素があったなぁと思えるくらいがいいですよ。
あー、そう思うと、東京裁判を思い浮かべます。
今、北朝鮮が、世界中から制裁を受けています。
そのトップ集団に日本もいますが、今の北朝鮮は、昔の日本とちょっと似てませんか?
太平洋戦争のときだって、日本は、石油を止められて、とても飲めない条件。確か、大陸からの撤退でしたでしょうか?あの頃の日本にとって、満州国が確立している状態で撤退できるはずがありません。
結局、戦争に突入するしか道はなかったと思うのです。
今の北朝鮮も、核開発をやめて、ミサイルの打ち上げも止めるという選択肢はないでしょう。
孤立した、なんの力もない弱小国にとって、核と長距離ミサイルを持つことは、最後の砦なのではないかと思うんです。
もう、後戻りはできないところまでいってしまえば、最低でも朝鮮戦争は避けられない。
そこに、日本とアメリカが加勢すれば、中国も出てくるでしょう。
ロシアは・・・やっぱり、北朝鮮、中国側になってしまうでしょうか?
第3次大戦勃発ですね。
その時、金正恩は、確実に死刑になると思いますが、東京裁判と同じですね。
もう、誰にも止められなかったし、反対すれば裁判なんかのずっと前に首が飛んでいたんでしょうね?
「やるしかなかった」
人には、こんな時が、人生に一度くらいはくるのかなぁ?
なんてことを思ったりします。
僕にも、「やるしかなかった・・・」と、いう複雑な思いの時がくるのだろうか?
と、思ってしまう、雨の日のふける思いでした。
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