2週間ぶりの伐採再開!しかし、またやっちまった。

いや〜、今日は、久々に伐採再開しました。

年末から2週間ぶりです。

2週間と言う期間は、あまりにも長かった。

もう、木の切り方、忘れちゃうんじゃないかってくらい。

なんだか、こう、腰が重かったんだよね。

今、ちょうど新月伐採期間なので、太い杉を切りたいわけで、ずっと、この1月の新月伐採期間は、道路脇の杉をやろうと考えていたんだけど、この道路脇。非常に困難な場所なのだ。

年末に、四国電力に、電線カバーを取り付けてもらったけれど、電線にかからないように、うまいこと倒すことができるかどうか、とっても心配だった。

その、難しい場所に、今日は取り掛かったわけです。

で、結果は・・・

また、やっちゃいました。

今回は、倒れていく途中に覚悟しました。

かなり太い杉だったので、重量がありすぎて、絶対、電線で止まってくれず、電柱ごと巻き込んで、電柱倒れるだろうなぁと。

「あーあ、やっちゃった」と、思っていたら、「あらっ?」電線で止まってくれてる。

そんなに電線が強いのだろうか?と思ったら、道の反対側にある、松の木で支えられていたのです。

「ワォ!」こりゃ、奇跡だわ。

しかし、こっから、一体どうする?

四国電力に連絡すれば、来てくれるのだが、実は、すぐには来てもらえない。

9月の台風で、アスファルトの下部分が削られてしまっているところの復旧がされていないのだ。

なので、大きな車両を入れることが出来ない。

来てくれるまで待つか、それとも、自分でチャレンジしてみるか?

さて、どうしよう。と、散々悩んで、やってみることにした。

まずは、クボちゃんをここまで持ってくる。

で、クボちゃんで、ちょいと持ち上げようとしてみたが、動くのは、ほんのちょっぴり。

ダメだな。

今度は、良く見ると、電線のところに枝がかかっていて邪魔そうなので、そいつを切っておきたい。

と言うことで、木に登って枝のところまで行き、チェーンソーをワイヤーで引き上げて、枝をカット。

無事に、落ちずに完了したのだが、その後の策が、なかなかない。

電線付近で、木を切ることが出来ればいいのだけど、枝を落とした時と同じように木に登って切ると・・・

俺まで落ちるじゃん!

ってことで、却下。

クボちゃんのバケットに乗って、誰かが上まで上げてくれればいいのだけど・・・誰もおらんし。

こんな時、仲間がいてくれたらなぁと思うんだけど、仕方がない。

どうにか一人で、クボちゃんのバケットまで行くことにした。

まずは、クボちゃんのブームとアームをいっぱいに伸ばして、木に近づける。

そして、ハシゴをクボちゃんにかけて登る、ブームをよじ登って、アームを橋渡りして、バケットに到着!

ワイヤーでチェーンソーを引き上げる。

とまあ、ここまでは、なんとか出来た。

もちろん、ちょいと揺れたりしたら落ちる。

で、怖いのはここからだ。

木を切って、何事もなく、静かーに落ちてくれればいいけれど、木を切って、真っ二つになるときには、絶対に揺れる。

どう揺れるかは、わからないけど、100%揺れる。

そのときに、落っこちる可能性「大」

ってことで、慎重に、チェーンソーを入れていく。

まずは、木の下側を1/3程度カット、その後、上から徐々に切っていく、ゆっくりと上の方が開いていくのだが、チェーンソーを持って、木の上まで上げて、切っていくには・・・腕力がぁぁぁ。

それでも、なんとか切り進めていった。

で、いよいよ、その時が来る。

どっかに、掴まっていられればいいのだけど、チェーンソーは両手で持ってないと、ちゃんと切ることができない。

さらに、とっさに掴まるところは、電線しかない。(ちなみに、感電はしない)

でも、電線は大きく揺れるので、掴まっていても、全く無意味だ。

「あーーー、どうしよう・・・もないか」

「まあ、なんとか、踏ん張るしかないな」

で、とうとう、その時が来た!

軽く「ミシッ!」と言う音とともに、木が裂けていく。

その時、チェーンソーが木から外れない!

とっさに、チェーンソーから手を離し、チェーンソーは、地面に落下!

僕は、クボちゃんのバケットの上で、揺れる体をなんとかバランスを保った。

「ふーっ」

下を見ると、チェーンソーは、杉の枝葉の上に落ちていて、どうやら無傷で済んだようだ。

僕は、慎重にクボちゃんから降りる。

途中、ハシゴが倒れそうになりながらも、無事生還した。

クボちゃんのバケットの高さは、4mほど。

アスファルトに落ちるよりも、斜面だけど土の上に落ちた方が怪我は少ない。

今まで、三度、落下を経験してる身としては、4mは、ちと高いが、それでも、落ちても、対して怪我はしないだろうと言う、経験に基づいた試算があったのがよかった。

もし、今まで、一度も落下を経験してなかったら、今回のことは、勇気がなくて出来なかったに違いないのだ。

やっぱり、失敗は成功の素である。

三度落ちた経験は、この時のための準備だったとも思えるのだし、今後も、そうした場面はきっとあるだろう。

良くも悪くも、何事も、経験してみなければな。

それよりも、今日、この大木を切った時、倒れていく方向ばかり気になっていて、退避するのを忘れてしまっていた。

倒れていく時、木のそばにいたのだが、この木が倒れた瞬間、バウンドして、今度は、あわやホームランと言うところだったのだ。

しかし、それを、横に生えていたシュロの木が守ってくれた。

今まで、杉に隠れて見えていなかった、シュロの木が生えていて、「こんなところに、シュロの木がある。これは、育てよう」そう思って、切らずにおいたのだが、それが幸いしたのだ。

もし切っていたら・・・と考えたら、前回のヒットした木の太さとは、全くの大違い、前回は、直径10cm程度の部分が当
たったが、今回は、直径50cmほど。

前回が、野球のバットとすれば、今回は電柱以上だったから、本当に、ホームラーーーーーーンとなりかねなかったのだ。

そのことで、僕は思った。

「これは、僕が、シュロを育てようと思ったことが、シュロに伝わって、守ってくれたんじゃないか?」と。

人間は、自分達だけが、言葉を使うとか、高等な生物だとか思っているけど、僕は、いつも思う。「それは、大きな勘違いだろう」と。

人間が理解できる言葉やコミュニケーション手段、見えるものなど、全ては、人間が自分達を主に考えているから、自分達だけが能力を持っていると思っているが、人間は、他の生物が持つ能力の多くを持っていない。

持っていないから、なんとかして、代替えとなるものを創造して作り上げてきたと言うだけに他ならないのではないだろうか?

創造して作り上げることは、他の生物がやっていないように見えるため、人間が高等生物に感じる部分があるかもしれないが、他の生物は、やる必要がないだけではないだろうか?

そして、人間のように、「あれも欲しい、これも欲しい」と言う貪欲に生きているわけではなく、シンプルに、今回の生命では「コレ」次の生命では「アレ」と言うように、まさに、一所懸命に生きているのではないかと思う。

人間だって、本当に、極めるようと思うのなら、何事も、集中して一所懸命に打ち込まなければ、物事を極めることなど出来やしないのだ。

私たち人間は、他の生物から多くを学ぶ必要があるのだ。

だから僕は思う。

特に、山に来てより思う。

植物も、動物も、虫も、菌も、「こいつら、やたら賢いな。コンチキショウ!」と。

都会にいる虫とは違うと思うのだ。

都会では、いつも同じ場所に餌があり、ただ、そこに行けばありつけられる。

毎日、そんなことを繰り返していて、次第に考えなくなる。

そして、賢くなくなっていき、人間にしてやられる。

ハエや、ゴキブリや、カラスなどなど、バカになっていっているような気がする。

でも、山にいる虫たちも、動物たちも、植物でさえ、自分で考えているように思える。

警戒心が強く、パターン化しておらず、常に考えて行動しているように思えてならない。

それを思うと、毎日毎日、ただ単に出勤して、毎日毎日、同じようなことを繰り返して、全く考えることなく過ごしている人々がいるとしたら、都会にいる、ハエやゴキブリやカラスのようではないだろうか?

未知なることにチャレンジすること。

それが、本当に人間が人間として生きることへと繋がっているように、僕は思えるのだ。


via Mark な 人生



Your own website,



Ameba Ownd

-----

-MARK'S LIFE:日常

© 2020 Mark's LIFE