夢で、叫びまっくったぞー

起きた。

時計を見ると、6:45

最近は、ちょいとネボスケである。

夢を見た。

さっきまで、夢の中で叫びまくっていた。

何を叫んでいたのかというと、人生についてだ。

「人生を、ボケボケと生きてるなー!」「チャレンジしろー!」とか叫んでた。

すると、たくさいる人の中で、誰かが「あー、ゆーの、うぜえんだょ」という声が聞こえる。

僕は叫ぶ「言うなら直接、俺に言えー!」「影で、ボソボソ言ってんなー!」

何でこんな夢を見たのかといえば、昨日の水源の取水設備の改造をしていた時、周りに埋まっている石を掘り返していたんだけど、足場の悪い水辺で、周りにはアブとブヨとスズメバチがブンブン飛んでいて、指先に石を引っ掛けて、雄叫びをあげながら、全力で石を引っ張り出していたんだ。

それをやっていると、昔の人が、機械のない時代に、人力で荒れ地や山々、森林などを開墾していった。

その時は、僕なんかが体験してる状況とは比べ物にならないくらいの大変さがあったと思う。

しかし、そうした世代が終わり、次の世代、その次の世代となったいくと、多くの人たちが、まるで、初めからそこが、そうであったかのように暮らしている。


山は山、森は森、荒れ地は荒れ地で、宅地は、まるで初めから宅地であったかのように。


そして、もう一つ。

ADSLがきたものだから、調子付いて動画を見てしまうのだが、お金に関しての動画を見てしまったことも影響している。

それは、多く人たちが、生活のほとんどを「お金」で解決している点にある。


僕が思っていることの一つに、都会にいると、どうしてもお金が中心になる。

食料は、自分で作ることは、ほとんどできない。家畜も飼えない。家も、法律に基づく建築をしなければならないし、家を作る材料も買わなければならない、かろうじて、服は生地さえ買えば作ることはできるけど・・・。

しかし、田舎は、お金に頼る比率を減らすことができる。

まず、土地があれば、自分で作物を生産できる。家畜も飼える。そして、僕がやろうとしている、家だって、材料を自分の土地から木を切って、自力で作ることは可能だ。

世の中の多く人たちが「お金がない」「お金が足りない」という。

若い時や東京に住んでいる時、僕も、そう思っていた。

生きる上で必要なものすべてに、お金が必要だと思っていたのだ。

だから、お金が足りなくなる、と。

でも、「時間が足りない」「時間がない」という人はいるが、生きる上で、本当に時間が足りない人はほとんどいない。と、僕は思う。

やりたいことをやるのに時間が足りないとか、一時的に、タイムリミットが迫ることはあっても、人生に時間が足りないことは、あまり考えられない。

そんな人たちの多くが、「時間(と労力)をお金に変える」という仕事をしている。

お金が足りないのなら、時間をもっとお金に変えれば、お金が増える。

しかし、本当の問題は、そこではないことを、心の奥底でわかってはいても、頭の中では、それでは解決してないし、そんなことはしたくない。

常に、入ってくるお金が少ないのが原因だと考えているのだ。

しかし、世の中。

時間の使い方と、お金の仕組みと使い方、お金だけに頼らない方法を知らなければ、いつまでもお金が足りないのはないだろうか?と思うのだ。

ボーっと生きていると、この資本主義社会に飲み込まれていくだけの、人生を送ることになってしまうぞ!と、僕は、夢の中で言いたかったのだ。


via Mark な 人生



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