ログガレージの窓できた

ログガレージの四つ目の窓、北側のロフトの窓が完成して、取り付けも完了した。
下の三つの窓も、すでに取付済みで、これで、すべての窓が完成した。
窓が付くと、急に、“家感”が出てくる。
なんでかな?と、思ってじっと見ていると、ガラスの反射がポイントなのだろうと感じてきた。

作業場の扉を作った時、窓部分はポリカーボネートにした。
それよりも、ガラスの方が断然、反射率がいい。
その反射が、家感を増しているのだ、

ガラス周りのサッシ部分には、墨渋を塗った。
柿渋と松煙を混ぜたものが墨渋である。
今回は、市販されていて買ったものを使ったが、これも自分で作れるものなので、いつか、気が向いたら作ろうと思う。

墨渋を塗っている時に、甲賀の里で行った、忍者屋敷を思い出した。
その忍者屋敷は、数百年前に建てられた本物の忍者屋敷だということなので、きっと、墨渋を使っているのだろう。
黒というのは、キュッと締まって、なかなかいい。

この墨渋、それなりの防水効果もあるようで、外壁に用いられることが多いようなのだ。
漆喰が白で、墨渋が黒、この二つの素材というのは、とても優秀なのに、漆喰も墨渋も、一般住宅にほとんど使われていないことは、とても残念である。

家というのは、人生で最も高額な買い物で、それも、人生の中で働いているほとんどの期間で、家のローンを支払い続ける。
そんなとんでもない額の買い物なのに、ほとんどの人たちは、あまり関心を持たず、『買って終わり』である。
現代の家は、メンテナンスフリーのような素材で作られているので、買って終わりなのは当然なのかもしれないが、それでも、あまりにも何もしない。

家の次に高額な買い物は、車だが、車の方が、まだメンテをする人が多い。
洗車をしたり、掃除をしたりはもちろんだが、車には車検がある。
この車検制度によって、最低限のメンテナンスは施されるし、故障しそうな部品なども発見され交換される。
車検にお金がかかるからと嫌がる人も多いが、この制度によって、車の寿命が伸び、安全を確保できると言ってもいい。

車の整備が不適切な場合、自分だけではなく、他人を傷つけたり、死に追いやる可能性があるため、車検制度が義務であることは重要だ。
これを任意にすると、整備の必要がない車に乗る人ほど整備をし、整備の必要がある車に乗る人ほど整備に出さないし、自分でも点検をしないということになる。

かたや、家には車検のような義務はない。
そのため、ほとんどの家は、ほったらかしである。
さらに、ゴミ屋敷だとか、倒壊寸前の家が放置されていたりする。
点検義務がないために、ブロック塀の倒壊によって幼い命が奪われるなどという事故も起こった。

建築には、建築基準法というものがあるが、適用されるのは、始めだけで、建てられてしまってからは、その基準は適応されず野放し状態である。
建てる前ももちろん重要だろうが、建ててからの方が、もっと重要だということにならないのだろうか?

僕自身が、自分で家を建ててみたいと思ったきっかけの一つに、構造を知りたいということがあった。
外壁と内装と屋根は見えるが、その他の部分、それも、ほとんど部分は隠されている。
これは、現代の車も同じで、ボンネットを開けても、エンジンの金属部分など、ちっとも見えやしない。

昔の家は、構造が見えていたし、電気の配線も、壁の中や屋根裏ではなく、柱や梁にガイシと呼ばれるもので直接くっついていたし、電線も丸見えだったのだ。
そのため、具合が悪ければ、天井裏に入り込まなくても、壁を壊さなくても、簡単に見ることができた。

現代住宅では、いろんなものが天井裏や床下、壁の中に隠されてしまっている。
住んでいる間に、そうした場所を見ることは、ほぼない。

僕は、そんな、隠されている部分の構造を知りたかった。
見えない部分にこそ、数千万円するほどの家というものの価値があるのではないかと思ったからだ。

そうして、家について調べ、人に聞き、やっているうちにわかってきたことがある。
それは、家に支払う金額のうち、ほとんどが人件費と、ハウスメーカーの利益だということだ。

家の建築に携わる人たちは多い。
それぞれが専門分野の仕事をしている。
窓は窓屋、壁屋、天井屋、水道屋、電気屋・・・などなど。

これら多くの職人さんたちの人件費がほとんどで、多くの職人が、それぞれに利益を取るし、交通費もかかるし、移動する時間に対する費用も請求に含まれる。
こうしたことを、もっと少ない人数で、少ない時間でやれるようにしたのが、大手ハウスメーカーの建築手法だろうと思う。
とは言え、実際に、僕が実感したことは、結局、コストを削減した部分のほとんどは、ハウスメーカーの利益になっているだけだということだった。

そして、家の建築の中で、高額な費用を占めている、もう一つのものが、設備である。
トイレ、お風呂、キッチン、ガレージポート、扉、サッシ、門などなど。
工場で生産されたものを、持ってきて取り付けている物たちであるが、これらが高い。

実際、材料をバラバラで見てみれば、どう考えても、組み立てコストに、そこまでコストがかかるとは思えないが、組み立てられて製品化されると、かなり高額になっているのである。
こうした設備が高い理由も利益である。
設備の多くが、大手メーカーで生産されている。
大量生産は、コストを下げ、価格も下げることができるのだが、僕の印象では、家の設備は、そうはなっていないように感じる。

結局、一つ一つの設備を、買い手である消費者が吟味することはなく、自分たちで比較検討できるようなようなものでもない。
さらに、一番の決め手は、家の総額からしたら、一つ一つは低額に見えてしまうためである。

スーパーでは、10円安い方を吟味して買うのに、家を買う時には、10万円の違いなど、どうとも思っていない。
僕は、この感覚にいつも驚く。
もちろん、スーパーでの買い物は、毎日のように行うもので、10円であっても、一年すれば3,650円、十年では36,500円、家のローンと同じ三十五年であれば127,750円の違いが出る。
そう考えれば、わからないでもないが。

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