ズッキーニ実らず

ぐんぐん育ってきたズッキーニの葉。
これは、期待できると思っていたのだが、実が成りそうになっても、小さいままで黄色くなってしまう。
これは、やっぱり

受粉させなきゃダメか

ここに来る人に「ズッキーニ育ててるんですよ」というと、決まって「受粉しなきゃいけませんね?」と言われていた。
しかし『受粉なんて、虫の役目だろ』と、思い「虫に任せます!」と言い切っていたのだ。

だが、やっぱり、ダメだった。

ってことで、朝、咲いている花を見つけて、雄花をもぎとり、雌花にグチュグチュと花粉を擦り付けてみた。
『んっ?これでいいのか?』
花粉というのは、もっと、パラパラしたものかと思っていたけど、雄花の花粉は全然パラパラしないので、グリグリと雌花に付けてやったが・・・

2日後

グリグリと、雌花に花粉を擦り付けたところの実が、今まで以上に成長していた。
植物って不思議だなぁ?
それをいえば、生物全般が不思議だ。

考えてみれば、なんで、同じ種から生えた、単に伸びてきた茎が違うだけの、雄花と雌花なのに、そこにある花粉を、わざわざ、外界を通して付ける必要があるのか?

外界の虫や動物を経由する意味はあるのだろうか?
虫に蜜を与えるため?
なんなんだろう?

それを考えていたら、人間も同じことなんじゃないかと思えてきた。
ズッキーニの花にしてみれば、雄花と雌花は違う存在としてお互いに認識している。
元々同じところから伸びているということを知ってか、知らずか?

人間も、同じように、人と人は別の存在だと思っている。
しかし、元の魂を見てみると、僕の考えでは、生まれる前は、魂が個々に存在しているのではなく【魂のプール】の中にいる、水のようなものだと思っている。

あの世に帰ると、魂は水のプールに入って、他の水とグリグリに混ざり合うわけではないが、境界線が曖昧な状態になり、全体の一部になる。
そして、また生まれてくるときには、そこら辺を柄杓ですくったようにして一つの魂になり、新しい命に生まれる。

こうすることで、他の魂の要素も自分の中に入り、まったく同じ人間ではない、新しい人間となるのではないかと考えているのだ。

ってことは、人間よりももっと高度な存在からすれば「人間は不思議だなぁ、同じところから別々の存在になって、またくっついてからでないと、新しい存在を生み出せないなんて」と、思われているかもしれない。

この、営みにも意味があるのだろうから、きっと、ズッキーニにも意味があるのだろう。

そんなことを思いながら、ズッキーニの成長を見守っている。
大きくなれよー。

-FARM:畑
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